クエを「九絵」と書くのはなぜ?その由来に迫る
磯の王者、幻の魚。クエという魚には、どこか神秘的で人を惹きつけるオーラがありますよね。その存在感は、釣り人だけでなく、食通たちをも魅了してやみません。そして、その神秘性をさらに際立たせているのが、「九絵」という美しい漢字表記です。
なぜ、魚へんに「九」と「絵」なのでしょうか。初めてこの漢字を見たとき、多くの人が「どういう意味なんだろう?」と首を傾げたのではないでしょうか。
こんにちは。堤防からのクエ釣りに生涯を捧げている、九絵村アラです。私は長年、運に頼らず、経験と観察を積み重ねてきました。堤防という日常のすぐ隣で、非日常の存在であるクエと向き合う中で、その生態だけでなく、名前に込められた謎にも深く興味を抱いてきました。
この記事では、単に「九絵」という名前の由来を解説するだけではありません。その背景にあるクエの生態、体の模様が持つ生物学的な意味、そして地域ごとに異なる呼び名の世界まで、私の観察と知見を交えながら、その謎を一つひとつ解き明かしていこうと思います。この記事を読み終える頃には、あなたはクエという魚を、これまでとは全く違う視点で見つめているはずです。
「九絵」の由来:2つの有力な説を徹底解説
さて、本題である「九絵」の由来ですが、これには古くから伝わる2つの有力な説が存在します。どちらもクエの特徴的な体の模様に深く関係しており、昔の人々がいかにこの魚を注意深く観察していたかがうかがえます。それぞれの説を、私の経験も踏まえながら詳しく見ていきましょう。
説1:成長と共に体の模様が「九回変化する」
まず最も広く知られているのが、「成長するにつれて体の模様が九回も変化するように見える」という説です。
実際に、クエの体の模様は成長段階で劇的に変わります。手のひらサイズの幼魚の頃は、黒っぽい体色に白っぽい縞模様がくっきりと目立ち、非常に鮮やかです。しかし、体が大きくなるにつれて、この美しい縞模様は徐々にぼやけ始め、やがて老成魚になるとほとんど見えなくなってしまいます。
この変化の様子を「九回も変わる」と表現した、というのがこの説の骨子です。もちろん、実際に定規で測るようにきっかり9回、模様のパターンが変わるわけではありません。ここでいう「九」という数字は、「たくさん」「何度も」といった意味合いを持つ、いわば象徴的な表現だと私は考えています。それほどまでに、クエの一生における外見の変化はドラマチックだということです。
この劇的な変化は、クエの生態とも深く関わっています。ゆっくりと成長し、耳石による年齢推定では40年以上(最高齢41歳)の個体も報告されているクエだからこそ、その長い一生の中でこれほどまでの変貌を遂げるのでしょう。
説2:体の模様が「九つの絵に見える」
もう一つの説は、より詩的で情緒的なものです。それは「体側にある模様が、まるで九つの絵が描かれているように見える」という説です。
クエの若魚の体には、不規則で複雑な縞模様が走っています。これを昔の人が見て、「水墨画のようだ」「山水画のようだ」と感じ、九つの異なる絵がそこに描かれていると見立てた、というわけです。確かに、同じクエでも個体によって模様の入り方は微妙に異なり、光の当たり方や見る角度によって様々な情景が浮かんでくるかのようです。
この説は、科学的な根拠というよりは、クエという魚に対して昔の人々が抱いていた畏敬の念や芸術的な感性が生み出したものかもしれません。一つひとつの模様を「絵」として捉える感性は、非常に日本的で美しい解釈だと私は思います。
もう一つの漢字「垢穢」が持つ意味とは?
「九絵」という雅な名前とは対照的に、クエにはもう一つ、「垢穢」という漢字が当てられることがあります。こちらの字は「あか」や「けがれ」を意味し、あまり良いイメージではありませんよね。なぜこのような漢字が使われるようになったのでしょうか。
これにもいくつかの説が考えられます。
- 見た目からの連想:クエは岩礁帯の洞窟や隙間に潜んで暮らしています。その姿が、まるで岩の垢や汚れのように見えたことから、この字が当てられたという説です。
- 風格からの連想:巨大なクエが持つ圧倒的な存在感や威圧感から、人々が畏怖の念を抱き、ある種の「不浄なもの」「触れてはならないもの」として扱った可能性も考えられます。
「九絵」という美しく芸術的な名前と、「垢穢」という荒々しくもどこか神聖なイメージ。この二つの漢字は、クエという魚が持つ多面的な魅力を象徴しているのかもしれません。

生物学的に見るクエの模様:その役割と変化の真実
さて、ここからは少し視点を変えて、釣り人として、そして一人の観察者として私が最も興味を惹かれるテーマ、つまり「クエの模様が持つ生物学的な意味」について深掘りしていきましょう。「九回変わる」という伝承の裏には、生き物としてのクエが持つ、実に巧みな生存戦略が隠されています。
幼魚を守るカモフラージュとしての縞模様
クエの幼魚期に見られる、あの鮮やかな縞模様。あれは単なるデザインではありません。彼らが生き抜くための、いわば「迷彩服」なのです。
クエの幼魚は、比較的浅い岩礁帯や藻場で生活します。そこは、大型の魚やタコなど、多くの捕食者がうろつく危険なエリアです。この環境で身を守るため、クエの縞模様は絶大な効果を発揮します。
岩場に差し込む光は、水中でゆらめき、複雑な光と影のパターンを作り出します。クエの縞模様は、この光と影のコントラストに完璧に溶け込み、体の輪郭を曖昧にするのです。これは「分断色」とも呼ばれるカモフラージュ技術で、捕食者に「そこに魚がいる」と認識されにくくする効果があります。この縞模様のおかげで、多くのクエの幼魚は危険な時期を乗り越えることができるのです。
成長と共に模様が消えるのはなぜか?
では、あれほど生存に役立っていた縞模様が、なぜ成長するにつれて消えてしまうのでしょうか。それは、クエの成長に伴う「立場」の変化が大きく関係しています。
クエは成長すると全長が1mを超えることもある大型魚で、さらに大型では1.3m級に達するとされます。そうなると、幼魚の頃に天敵だった魚たちは、もはや脅威ではなくなります。むしろ、クエ自身がその海域の生態系の頂点に立つ「捕食者」となるのです。
天敵から隠れる必要性が薄れた成魚にとって、縞模様はもはや必須の装備ではありません。さらに、成魚はより深く、暗い岩穴の奥を住処とすることが多くなります。そのような環境では、細かい縞模様よりも、岩肌に同化するような濃い茶褐色の体色の方が、獲物に気づかれずに接近する上で有利に働きます。
つまり、クエの模様の変化は、単なる老化現象ではないのです。「守り」のカモフラージュから、「攻め」のカモフラージュへ。成長段階に応じた生態と役割の変化に合わせた、極めて合理的な適応戦略の結果と言えるでしょう。

クエの多様な呼び名:アラ、モロコなど異名の世界
クエという魚は、日本各地で様々な名前で呼ばれています。その土地の文化や漁業と深く結びついた呼び名を知ることも、クエという魚を理解する上で非常に興味深いことです。
特に有名なのが、九州地方での呼び名である「アラ」でしょう。九州(長崎など)の一部地域では、クエを地方名で「アラ」と呼ぶことがあります。ただし、市場には標準和名が「アラ」(Niphon spinosus)という、クエとは別種の魚も存在するため、少しややこしいかもしれません。このクエとアラの違いについては、知っておくと魚選びの際に役立ちます。
また、クエは地域や文脈によって「モロコ」「マス」などの別名で呼ばれることもあります。これらの呼び名の違いは、かつて全国的な流通網が発達していなかった時代に、それぞれの地域で独自に魚名が定着した名残です。地方名の一つひとつに、その土地の人々とクエとの長い歴史が刻まれているのです。
まとめ:九つの絵に秘められた磯の王者の物語
今回は、クエの「九絵」という漢字の由来を中心に、その謎を紐解いてきました。
最後に要点をまとめましょう。
- 「九絵」の由来には、成長過程で模様が「九回変わる」ように見える説と、模様が「九つの絵」に見える説がある。
- 体の模様の変化は、幼魚期の「身を守るためのカモフラージュ」から、成魚期の「獲物を狩るためのステルス機能」へと役割を変える、合理的な生存戦略である。
- 「垢穢」という別表記や、「アラ」「モロコ」といった多様な地方名は、クエという魚が持つ多面的で奥深い存在感を示している。
「九絵」という美しい名前に秘められていたのは、一匹の魚がその一生をかけて繰り広げる、壮大な生存の物語でした。単なる名前の由来を知るだけでなく、その背景にある生命の神秘に触れることで、私たちはクエという魚への敬意をさらに深めることができるのではないでしょうか。
堤防の足元に潜む磯の王者に思いを馳せながら、これからも私はその謎を追い続けていきたいと思います。
