なぜクエ釣り師は「エラ」まで味わい尽くすのか?
「え、エラまで食べるんですか?」
私が釣ったクエを捌いていると、仲間からよくそんな声が聞こえてきます。無理もありません。普通なら真っ先に捨ててしまう部位でしょうから。しかし、私は決まってこう答えるのです。「せっかく釣ったクエを無駄なく味わうための大切な部位なんです」と。
「クエは捨てるところがない」という言葉は、単にすべての部位が美味しいという意味だけではありません。そこには、時間と労力をかけて釣り上げた魚を、できるだけ無駄なくいただくという考え方があります。特に、誰でも行ける堤防というフィールドで、知恵と経験を総動員して釣り上げた一匹は、沖で釣る魚とは異なる達成感があります。その幻の高級魚を、身だけでなく、アラやエラ周りの可食部まで無駄なく味わうこと。それが、私がクエを調理するときに大切にしている考え方です。
この記事では、単なる珍味としての食べ方を紹介するのではありません。一匹のクエに感謝し、そのすべてをいただくための知識と技術をお伝えします。これからお話しするのは、運に頼らず、経験と観察を積み重ねてきた私だからこそ語れる、クエのエラの本当の味わい方です。
クエのエラの構造と食べられる部位【図解】
「エラのどこを食べるの?」という疑問は、もっともなことです。まずはクエのエラの構造を少しだけ知ることで、下処理への不安がなくなり、自信を持って捌けるようになりますよ。
エラは、魚が水中で呼吸するための非常に重要な器官。そのため、複雑な構造をしています。簡単に言うと、エラは主に3つのパーツから成り立っています。
- 鰓弓(さいきゅう):エラを支える、弓なりの骨格部分。
- 鰓耙(さいは):鰓弓の内側にある、トゲトゲした櫛のような部分。餌を濾しとるフィルターの役割があります。
- 鰓葉(さいよう):鰓弓の外側にある、赤いヒダヒダの部分。ここでガス交換を行い、水中の酸素を取り込みます。
この中で、私たちが美味しくいただくことができるのは、主に「鰓耙(さいは)」と、その付け根にある「鰓弓(さいきゅう)」の軟骨部分です。この部位こそが、磯の王者クエが持つ、隠れた魅力なのです。

コリコリ食感の「鰓耙(さいは)」と根元の軟骨
クエのエラ料理の主役は、なんといっても「鰓耙(さいは)」です。この櫛状の部位は、骨質または軟骨質の硬い突起で、加熱するとコリコリとした食感を楽しめます。噛むほどに滲み出る上品な旨味は、一度味わうと忘れられません。
そして、もう一つ忘れてはならないのが、鰓耙を支える土台部分「鰓弓(さいきゅう)」の軟骨です。特に付け根の部分は厚みがあり、こちらもまた絶品。この部位までしっかりと味わうのが、通の食べ方と言えるでしょう。
注意:赤いヒダ「鰓葉(さいよう)」は食べない
ここで一つ、とても大切な注意点があります。エラの象徴ともいえる、あの鮮やかな赤いヒダヒダの部分、「鰓葉(さいよう)」は食用には適しません。
なぜなら、この部分は毛細血管が集中する呼吸器官そのものであり、大量の血液を含んでいるからです。そのため、非常に生臭みが強く、加熱しても美味しくいただくことは難しいでしょう。また、水と直接触れる部位で汚れや血が残りやすいため、衛生面と味の両面から食べるのは避けるべきです。下処理の段階で、この赤い部分は完全に取り除くようにしてくださいね。
釣果を極上の味に!失敗しないクエのエラ下処理法
クエのエラを最高の状態で味わうためには、下処理がすべてと言っても過言ではありません。そして、その勝負はキッチンに立つずっと前、魚を釣り上げた瞬間から始まっています。ここでは、単なる手順の羅列ではなく、各工程がなぜ必要なのか、その理由と共に詳しく解説していきます。この「理由」を理解することこそが、失敗を防ぎ、最高のクエの味を引き出す鍵となるのです。
【最重要】釣りの現場で行うべき一次処理
これこそが、私の経験から得た最も重要なポイントです。持ち帰ってからどんなに丁寧に処理をしても、釣りの現場での一次処理を怠れば、エラを含むアラ全体の味は格段に落ちてしまいます。
クエを釣り上げたら、まず即座に活け締めを行い、脳を破壊して動きを止めます。そして間髪入れずに、エラ膜を切り、心臓が動いているうちに海中で血を抜くのです。なぜこれが重要かというと、魚は死後、血の劣化が最も早く進むからです。特に血液の塊であるエラは、この処理を怠るとあっという間に臭みの原因となります。堤防の上でこの一手間をかけるかどうかが、堤防クエ釣りの釣果の味を大きく左右します。
手順1:頭からエラを安全に取り外すコツ
家に持ち帰ったら、いよいよ本格的な下処理の開始です。まず、クエの頭からエラを取り外しますが、ここで注意が必要です。
クエのエラ蓋(エラブタ)には、カミソリのように鋭いトゲが隠れています。素手で作業すると、思わぬ大怪我につながる可能性がありますので、必ず厚手のゴム手袋などを着用してください。クエの口周りの危険性については、クエの歯の危険性を解説した記事で詳しく説明していますが、エラも同様に注意が必要です。
まず、エラ蓋を大きく開きます。そして、エラが頭部に接続している上下の付け根を、出刃包丁の先端で切り離します。力任せに引きちぎるのではなく、構造を理解し、関節部分に刃を入れるのがコツです。これで、エラ全体を綺麗に取り出すことができます。
手順2:徹底的な血抜きと洗浄で臭みを断つ
取り出したエラは、まさに血の塊。ここからは、臭みを抑えるための重要な工程です。
ボウルに冷たい水を張り、できれば流水をかけ流しながら、指の腹を使って鰓耙の間の血の塊やぬめりを優しく、しかし徹底的に洗い流していきましょう。最初は水が真っ赤に染まりますが、根気よく続けていると、次第に水が透明になってきます。これが、血が抜けたサインです。
より完璧を期すなら、塩をひとつまみ入れた水や、少量の日本酒を加えた水で洗うのも効果的です。塩の浸透圧が残った血を排出しやすくし、酒を少量加えると、風味づけや臭みをやわらげる効果が期待できます。このひと手間が、クエの刺身にも通じる、雑味のないクリアな味わいを生み出すのです。
手順3:可食部(鰓耙と軟骨)の切り分け
血抜きと洗浄が終わったら、いよいよ最後の仕上げです。キッチンバサミを使って、食用に適さない赤いヒダ「鰓葉」を根元から丁寧に切り落としていきましょう。
この工程を経ることで、残るのは白っぽい櫛状の「鰓耙」と、その土台となる「鰓弓」の軟骨だけになります。ここまでくれば、あとは調理するだけ。この切り分けた状態を見ていただければ、どこを食べるべきかが一目瞭然になるはずです。この状態にしてから冷蔵庫で少し寝かせると、さらに味が落ち着きますよ。

堤防クエ師が愛する絶品エラレシピ2選
さて、完璧な下処理を終えたエラは、下処理を終えたエラは、アラの一部として十分に料理に活用できます。ここでは、私が長年の経験からたどり着いた、エラの魅力を最大限に引き出す2つのシンプルなレシピをご紹介します。多くの調理法を試しましたが、結局はこの2つに戻ってくるのです。
レシピ1:素材の味を愉しむ「エラの湯引きポン酢」
エラ本来の食感と繊細な旨味を、最もダイレクトに味わえるのがこの食べ方です。釣り上げた日の夜、まずはこれで一杯やるのが私のささやかな楽しみでもあります。
- 下処理したエラを、沸騰したお湯に投入します。
- 15〜20秒ほどで、エラがキュッと縮こまります。茹ですぎは禁物です。
- すぐに氷水に取り、一気に冷やして身を締めます。この工程が、最高のコリコリ食感を生み出す秘訣です。
- 水気をよく切り、食べやすい大きさにカットします。
- 器に盛り付け、もみじおろしと刻みネギを添え、ポン酢をかければ完成です。
特徴は、独特の食感です。コリッ、サクッとした歯ごたえは、他のどの部位にもない独特のものです。噛むほどに、クエの身とはまた違う、軟骨ならではの澄んだ旨味が広がります。釣ったクエを無駄なく味わえる一品です。
レシピ2:旨味を閉じ込める「エラの唐揚げ」
湯引きが素材の味を「引き出す」料理なら、唐揚げは旨味を「閉じ込める」料理です。香ばしさが出るため、幅広い人に食べやすい調理法です。
- 下処理したエラをボウルに入れ、醤油、酒、おろし生姜(またはニンニク)を加えてよく揉み込み、10分ほど置きます。
- 余分な下味の汁気を軽く切り、片栗粉を全体にまんべんなくまぶします。
- 170℃に熱した油で、きつね色になるまで2〜3分揚げます。揚げすぎると硬くなるので注意してください。
- 油をよく切ってお皿に盛り、お好みでレモンを絞れば完成です。
外はカリッと香ばしく、中はジューシー。そして噛み締めると、あの独特のコリコリとした食感が待っています。熱が加わることで旨味が凝縮され、湯引きとは全く違う力強い味わいになります。酒のつまみにも合わせやすい味わいです。このエラの唐揚げがあれば、クエ鍋の準備をしている時間も最高のひとときになりますよ。
まとめ:一匹のクエに感謝し、そのすべてを味わい尽くす
クエのエラを食べるという行為は、単に珍しい部位を味わうということ以上の意味を私に教えてくれます。それは、苦労して手にした一匹の命と真摯に向き合い、その恵みを余すことなくいただくという、釣り人としての矜持の表れなのです。
鋭いトゲから身を守りながら丁寧にエラを外し、冷たい水で根気よく血を洗い流し、可食部だけを切り分ける。その一連の作業は、可食部を安全においしく食べるために必要な下処理です。そうして調理された一皿を口にした時、私たちはクエの刺身や鍋とはまた違う、身や鍋とは異なる食感と味わいを楽しめます。
この記事でお伝えした知識と技術が、あなたの釣りと食の体験を、より深く、豊かなものにする一助となれば、これほど嬉しいことはありません。さあ、次はあなたが、その手で釣り上げたクエのすべてを味わい尽くしてください。
